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2006年7月 8日 (土)

W杯とビールメーカの関係 By Nachan

●W杯は観光産業全体にはもちろんのこと、そして
特にビールメーカーにとって好ましい影響を与えて
います。ドイツのビールメーカーの受注は記録的です。

●Krombacher というメーカーが50年の企業の
歴史において一番生産量の高い60万ヘクトリトルを
誇ることができ、Bitburgerという大きなメーカーも
一日当たりに2万9千ヘクトリトルというピークに
達成できました。

●この需要の高騰は嬉しいですが、心配事が一つ
あります:

ドイツでは、缶でも瓶でも飲物容器をすべて回収
のために返さなければなりません。つまり、
ビールを買うと、その容器に一定の追加料金がかかり、
容器を戻す時に返済されるわけです。

●こういうふうに、容器は常に循環している状態と
なっています。このシステムで突然、需要量が
上がってしまえば多くの人が同時に容器を買い込む
のですが、W杯のような大きなイベントの間、
ビールを飲んでから容器をすぐ返しに行く人が普通
より少ないでしょう。

●むしろ、W杯前に大量を買ってそれを二週間以上に
家においておくほうが便利でしょう。この状況では
当然、返却されてくる容器が足りなくなるメーカーが
出てきます。

●ほとんどのビールメーカーはしかしこういう
シナリオを予想して去年に大量の新しい容器を
準備しました。ドイツの中では現在、容器不足で
悩んでいるメーカーはひとつしかないようです。

●しかし、ドイツと同じような制度を持っている
オランダのHeineken社が実際に緊急状態となって
いるらしいです。なぜならば、オランダ人は丈夫な
ビール瓶のケースを使ってサッカーを見るための台を
作ったりします。

●瓶が足りてもビールをケースごとに買うオランダや
ドイツではケースがなければ瓶がないことと同じほど
の深刻な問題です。

●ところで、水を扱っている会社は水の需要が平年と
変わらない、と発表しています。ビールとサッカーと
の深い関係を考えればこれで驚く者はまずいないで
しょう。

2006年6月23日 (金)

ドイツの国旗の由来を知ってる? By Nachan

●ドイツ国旗の色はどんな色ですか?と聞かれたら
見れば分かると答えてくる方が多いです:

黒と赤と黄でしょう。ただし、便宜の上、黄色で
しめすことが普通ですが、黄色と見える色が本当は
金色です。

●ドイツ国旗の色付は、19世紀に由来しています。
中世はすでに、黒と金色が帝王の使っている色と
知られましたが、正式な国旗はありませんでした。

●現在の国旗の元となる色合いは、19世紀の
ナポレオン軍をドイツから追い出すように戦って
来た学生達の発想でした。

その時まで、様々な小さな侯爵国からできていた
ドイツは、「ドイツは一国である」という意識が
薄かったが、ナポレオンという共の敵の存在で、
この意識が強くなってきました。

●これに伴い、様々な学生組合が、ひとつの大きな
ドイツ全国の組合に融合するように決めました。

その際に、黒と赤を象徴色と選びましたわけです。

色の背景は、赤が生活の楽しさで、黒は生活の深刻さ
を象徴するということだったそうです。しかしこれは
何十年後の発言で、色選びの本当の理由については
いまでも論争が続いています。

●当時に作った旗に、金色の房が付いていたが、
それは後の時代に国旗と一部と変換してしまい
ました。

こういう国旗が初めて作られたのは1832年でした。

この時代以来、黒・赤・金はドイツの色であると
いう意識が一般になりました。

当時の「元の国旗」が今でも存在し、Neustadt an
der Weinstrasse という町の郷土博物館で見ること
ができます。

●当時の民主主義化にかかわる戦いの中、黒・赤・
金はドイツの色だけではなく、民主主義の色としても
理解されましたので、その時まで正式に自分の旗に
取入れることを躊躇していた侯爵達さえ、民主を
落ち着かせる目的で、黒・赤・金を自分の講釈国の
旗に組み込みました。

●19世紀の民主主義はしかし失敗し、黒・赤・金が
正式なドイツ国旗になったのはワイマール共和国の
時代になってからだけです。

ドイツは楽しくなってきた。  By Nachan

◆ドイツは現在、おどろくほどアメリカ化が進んで
いるようです。

「アメリカ化」(Amerikanisierung)と言えば
つい最近まで、ファースト・フードやハリウッド
映画の普及のような現象を連想させたものですが、
今時のアメリカ化は、ドイツ人のこころの中で
起こっています。

◆その第一の証明は、町中に見られるドイツ国旗
です。W杯がはじまってからどんどん、ドイツ国旗
への需要が上がり、ほとんど売れっきりの状態と
なっています。

◆このどこでも国旗を飾るという習慣は、今まで、
アメリカでしか見られませんでした。

◆今までのW杯では、国旗の需要がそう高くも
なかったので、今回もこれほど大量を準備して
いない商社がびっくりしました。いつものドイツ人
の、自国に対する感情は、矛盾に溢れ、中々
自由で楽に世界に見せられるものではなかった
ため、国旗を買う人も割と少なかったようです。

◆しかしなぜか、この第二次世界大戦時代に由来
する自国への深い疑問は、完全になくなることは
なくても、軽くなってきているということを認め
なければなりません。

◆そしてドイツ人自身だけではなく、外国の様々
な訪問者も驚いています。

ドイツとの対立ばかりを主張しているイギリスで
さえ、ドイツの明るい雰囲気をほめてくれる新聞
記事が出ています。

◆生まれつきの心配主義のドイツ人は、「W杯が
この硬くて複雑なドイツという国で楽しく過ごせる
かなー?」とずっと思ってきましたが、W杯がやっと
始まった今、「へえ、やっぱり楽しいねえ」と
自分でも半分信じられない気分で喜んでいます。

◆この喜びは今のところでは、ドイツチームにも
うまく伝えることができ、勝利が続けて来たのも
また嬉しいです。

◆今回のW杯は、例えドイツチームが負けても、
ドイツの新しい明るさを世界に示すことができた
ことだけでも、大きく成功したと言えます。

2006年6月22日 (木)

ドルトムンドってどんなとこ? By Nachan

●サッカーW杯で日本が予選突破をかけて23日に
ブラジルと対戦しますが、その試合の開催地である
ドルトムントはどんなところでしょうか?

●今回紹介する都市Dortmundはその正式名以外に
ふたつのとても変わった名前を持っています:

●ひとつはDuopmという、ドイツ人さえ発音できない、
ドルトムンド市の当地方言での名称です。

●カタカナで表示しようとしたら「デュエプム」と
いうようなことになります。

●もうひとつはTremonia、つまり「トレモニア」で、
この中々美しい名前はラテン語です。

●地理的にはドルトムンドがルール地帯の一部と
なります。

●ルール地帯とは、ルール川周辺の19世紀と
20世紀中に重工業や石炭採掘が集中した地域を
言います。

●従って、ドルトムンド市もこの重工業などの
影響が強く感じられます。

●この50万人以上の人口を誇っている都市に
現在多くの研究開発関連の会社が活躍していますが、
西ドイツにおいて失業率のもっとも高い都市の
ひとつにもなっています。

●これは主に石炭採掘とスチール生産が盛んでは
なくなったためからです。

●ドルトムンドはしかし他のルール地帯の
もと工業都市と比べて著しい勢いを持っています。

●訪れてみると他の失業率の高い町の独特な
憂鬱感がどこにも感じられません。

●逆に、ドルトムンドの広い歩行者専用区域を
歩いたらとてもゆったりとした雰囲気が漂っています。

●ドルトムンド市自体は多くのドイツの大都市と
同様に戦争中に壊されたため町の中心にこれほど
たくさんの古い建物は残っていません。

●町の周辺にはしかし数多くのお城などが点在して
いますので、ガイドブックを調べればいくつでも
簡単に見つかります。

●また、Spielbank Hohensyburgというドイツ中に
売上げ最大のカジノも町の地域内に入っています。

ギャンブル好きの方は是非、行ってみて下さい。

●ドイツ中でもあまり知られていないドルトムンド
の事実のひとつは、この町が以前にヨーロッパの
最大のビール生産地だったということです。

●その時代はすでに終わったものの、いくつかの
有名なビールブランドが残っています。

●市場辺りの飲み屋の大きな看板でこの名前が
簡単に読み取れます。また、ビール博物館も
ありますので飲みながらの実施研究だけではなく
歴史を探る研究もできます。

●より穏やかな活動を楽しむ方は大きな動物園を
おすすめできます。

●ドルトムンドはもちろん有名なサッカークラブも
ちゃんとあります: Borussia Dortmund。今年の
ドイツリーグにおいてはちょっと運が悪かった
ですが、合わせて5回のドイツチャンピオンの
タイトルを誇っている有名なクラブです。

●ドルトムンドは普通の観光客のルートから
けっこう離れていますが、それこそがこの町の
面白さなのかもしれません:

●観光客向けの(南)ドイツのかわいい町ではなく、
多くのドイツ人が毎日毎日生活している「普通」の
ドイツを代表している町だと言えます。

●ドイツをより深く知るためにいいチャンスなのです。

因みにサッカー場は次の通り、

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2006年6月20日 (火)

ドイツのチーズ By Nachan

●チーズというとまずフランスやイタリアを連想
しますが、ドイツにももちろん独特なチーズがあります。

●その中に一番目立つチーズはおそらくSauermilchkase
です。Sauermilchというのは文字通りに訳すれば
「すっぱい牛乳」となりますが、これはつまり
「発酵牛乳」ということです。

●チーズをつくるもとの材料は従って普通の
流性牛乳ではなく、かたまった凝固牛乳です。
チーズを作ると普通は凝固剤としてラープを使います。

●Sauermilchkaseも時々このラープを利用して凝固
させますが、レモンジュースを入れて煮る場合も
あります。Sauermilchkaseは様々な種類がありますが、
一番よく知られているものはいわゆるHandkase
(「手のチーズ」)またはこれに近いHarzer Kaseです。

●フランクフルト周辺から由来するHandkaseの名称は
ちょうど手に入る大きさの円い塊からなっている
ところが原因です。このHandkaseは他のチーズと比べて
脂肪分がとても低いですのでダイエット中でもいくら
食べてもかまいません。

●ダイエットしながらも健康を考えてカルシウムを
十分に接収したい方におすすめできます。しかし、
特別な発酵牛乳からできているために馴染みの
チーズ味や口当たりとはかなり違います。

●食べてみないと想像しにくいですが、日本の方なら
「納豆」と言えばぴんとくるでしょう。もちろん、
納豆そのものの味はしないけれども、はじめて
Handkaseを食べる人がたまに感じる違和感がはじめて
納豆を食べる違和感と似ているかもしれません。

●Handkaseの匂いもたいへん強いですので私の家族で
Stinkekase(くさいチーズ)としか呼びません。

●めったに輸出されないためにドイツ旅行中に絶対
ためしてほしい一品です。

●上記のHandkaseがとくに目立つチーズだと言いながら、
これ以外にも100種類ぐらいのドイツチーズがあります。

●ドイツ農産物振興協会(CMA)のサイトでKasefinder
(チーズ探しツール)という機能があり、味、匂い、
外見と硬さの程度というパラメターを選んで自分好みの
チーズを探すことができます。

●ドイツ語のみですが、少しだけ辞書を引けば
いろいろなチーズを発見できます。ドイツ旅行前の
「食べてみたいチーズのリスト」を作ってみましょう!

サイトはこちらのURLです:
http://www.cma.de/genuss_5565.php

外国人が梅干や納豆が食べれるようになれば、かなり
日本ツウですが、ドイツのチーズを食べれれば、
かなりドイツツウと言えるでしょう。

2006年6月17日 (土)

W杯開催中の旅行あれこれ By Nachan

◆サッカーの大好きな人と、サッカーの大嫌いな人とが、
それぞれいます。

◆ドイツの旅行会社が、その両方のために一生懸命に
準備しています。

◆なぜこんなに必死に準備しているかというと、それは
旅行会社が心配しているからです。

◆2006年の6月や7月中に外国旅行に行きたい
ドイツ人はラッキーです。

◆ドイツの大きな旅行会社のTUIは基本料金を削減した
だけではなく6月30日の前に出発する人のために、
合わせて300のホテルにおいて、到着の際に
300ユーロの遣い銭が渡されるほどです。

◆これはもちろんサッカーが嫌いで、わざとW杯が
開催されている時期にドイツを離れたい人たちに
とってはありがたい話です。

◆しかし、どうしてもサッカーのすべてを、国を
逃げるほど嫌う人がやはり少ないですのでこういう
人たちをねらって値段を削減する旅行会社はあまり
ありません。

◆逆に、こういう人のために値段を高くしても旅行に
出てくれるはずですのであまり心配する必要はありません。

◆いや、ほとんどのドイツ人はサッカーが好きで
なくてもある程度までに興味を持っています。

◆特に、今回のW杯は自分の国で開催される時には
そうに決まっています。

◆ですから、今年の夏だけはいつもの旅行をしないで
家でサッカーW杯を観戦しようと思っている人が多いです。

◆彼らが旅行しなければ旅行会社が困りますので、
できる限り旅行先でも母国に開催されるサッカー試合を
もれなく見ることのできるという条件をキープして
おかなければなりません。

◆ですからTUI社は例えば多くのホテルにおいて
「雑音なしの受信」を保証しています。

◆(ドイツ人の好きな旅行先のトルコやドミニカ
共和国ではけっしてこのようなサービスは当たり前の
サービスではありません。)

◆また、多くの家族においてサッカーの大好きな人は
決まっています:

◆それはお父さんです。

◆彼がどうしても旅行に行きたくないけれども、
奥さんと子供が砂浜を見に行きたい場合があります。

◆彼らのためにもう一つの大きなドイツ旅行会社
Neckermannが母子組合いの旅行代削減を実施します。

◆そして、母と子供だけならつまらないですから、
子供のない女性もサッカー狂いの彼から逃げることが
できます:

◆GTIというトルコ向けの旅行会社がいわゆる
Ladybonusを開発し、女性のみの旅行団が5%オフと
なります。

◆しかしサッカーがきらいの人は2006年の夏は
いったいサッカーを逃れることができるのかしら?

◆ほとんどのホテルで毎晩放送されるだけではなく
普通のテレビだけでなく大きなモニターをもうけたり
するホテルがたくさんあるはずです。

◆サッカーを見たくないという意思を持っている人は
ジャングルや砂漠に行かないかぎり逃げることが
できないでしょう。

ドイツの旅行社はW杯時期では、海外からの旅行者で
潤うと共に、国内のサッカー嫌いの人をビジネス
ターゲットとしていろいろ考えているのですね。


2006年6月16日 (金)

マヨルカ島って知ってる? By Nachan

●ドイツ語を使える場所としてまず、ドイツはもちろん
のこと、スイス、オーストリアと、部分的に、イタリア、
ベルギーとルックセンブルグとリヒテンシュアインを
あげることができます。

●しかし、それだけではありません。
あるスペインの島にも、ドイツ語を広く使えます。

●一年にこの島を訪れる観光客の総数は何と200万人
を越えています。その中のほとんどは、ドイツ人や
イギリス人です。この大勢の観光客は島の経済の75%を
ささえています。また、島の住民の収入がおかげで
大陸のスペイン人を幾分か越えています。

●ほとんどの観光客がマヨルカへ来る理由は、航空券
が安く、一年中に気候が割と温暖だと言うふたつの
大きな原因があります。

●また、人によって、このドイツ語を使えるところが
大変魅力的です。

ドイツの食べ物さえ多くのレストランで食べられます。
ある意味で、砂浜とあたたかい気候を持っている小さな
ドイツのような場所のようです。

●ある国の文化などに一切興味のないこういうタイプの
観光客はただ、昼間は海水浴や日光浴をしたく、
夕方からはクラブなどでパーティーをやりたいだけです。

●このために、数多くのクラブや飲み屋も揃っています。
中に、ドイツ中に評判の悪いBallermannというところは
一番広く知られています。

ドイツ人の半分は、大金もらっても絶対に行きたくない、
もうひとつの半分はどうしても行ってみたい、とても
面白い場所です。

●しかし、一般に言えば、後述のタイプの観光客は
うるさくてけちである傾向があるために、マヨルカ人
の中でもあまり歓迎されていません。

長い間、大衆的な観光客に集中してきた報いだと言えます。

●これからは、より経済力の高い、上品なお客さんにも
来てもらうように、マヨルカ島が努力しています。

●マヨルカ島そのものはとてもきれいそうで、一般の
観光客があまり行かない、もともとのままの雰囲気を
保って来たところも数多くあるために、上記の評判の
悪い観光客の他に、本当に島の文化を知りたい
お客さんも訪れてくれるでしょう。

そして、彼らはドイツ語を使えなくても大丈夫でしょう。

2006年6月15日 (木)

ニュレンベルグってどんなとこ? By Nachan

●今回は日本チームがクロアチアと1次予選で戦う予定の
Nurnberg(ニュレンベルグ)市を紹介したいと思います。

●50万人の人口でミュンヘンに続いてバイエルン州の
第2都市ですが、バイエルン州の一部だと言っても
歴史的にバイエルンではなくフランケン(Franken)の
中心となっています。

●現在はフランケンがバイエルン州の北部となって
いますが、方言や習慣などからしてバイエルンと
ずいぶん違います。

●有名なBocksbeutelという特別な形の瓶が特徴の
フランケンワインがあり、お土産に便利です。

(Bocksbeutelはちなみに「ヤギの袋」という意味で、
昔、ヤギの革を使ってワインを運んでいたことから
由来するという説があります。)

●さて、Nurnberg市ですが、歴史上で初めて登場した
のは1050年です。

●この歴史の長い町は実に多彩な見物ができます。

●古いお城の他に数多くの中世やルネサンス時代の
建物が残っています。

●また、20以上の様々な分野の博物館があります。
例えばドイツ国博物館、おもちゃ博物館、ストリート
カー博物館やバイク博物館等があります。

●これでもまだ足りなければプラネタリウムや動物園
にも行けます。

●Nurnberg市は建物の他に特にそのクリスマス
マーケットで有名です。

●W杯は夏で残念ながらこのきれいなマーケットを
見ることができませんが、世界中の人気お菓子
ニュレンベルグ・レーブクーヘン(Nurnberger Lebkuchen)
を買ってみたらこのシナモンやアニスの匂いで
クリスマス時代が少し浮かんでくるかもしれません。

●5月と9月で年に二回、ヨーロッパ中の最大フリー
マーケットも開催されます。

●フリーマーケットに夢中の方はW杯よりやや速く
到着したら間に合うかもしれません。

●ところで、ニュレンベルグはアルブレヒト・
デューレル(Albrecht Durer)という有名な15世紀の
画家の出生地です。

●この芸術家の生活に興味を持てばいわゆるDurer-Weg
(デューレルの道)を歩いてみればいいです。

●少しの料金でミニコンピューターを借りてこれを
持ちながらデューレルの道の様々なステーションの
説明を受けることさえできます。

●ニュレンベルグは世界中でこういうコンピューター
ガイドの屋外活用を初めて採用した町です。

●ニュレンベルグで試合を見るチャンスがあれば
せっかくだからサッカーを考えるだけではなく
この古い町をゆっくりと見回すのがいいでしょう。

今日のトピックで、日本が1次リーグでサッカーの
試合をするニュレンベルグという街の事情がよく
分かりましたね。行ってみたくなりました。


2006年6月12日 (月)

カイゼルスラウテルンってどんなとこ? By Nachan

●2006年W杯の日本の初戦がカイゼルスラウテルン
(Kaiserslautern)という町で開催されます。

●この町は外国の観光客の間あまり知られていない町です
が、実に長い歴史に顧みることが出来ます:

 250年からローマ人が住んでいたことが証明されています。

●ところで、Kaiserslauternという名前はKaiserとLauterと
いうふたつの言葉から成っています。

Lauterは単に川の名前ですが、Kaiserはちゃんとした意味が
あり「皇帝」のことです。

この名前には言われがあります:1152年以降、
Kaiserslauternではバルバロッサという有名なドイツの皇帝
が何回か滞在したことがあります。

●この当時はしかし、この町がKaiserslauternではなく単に
Lauternと言われました。

●Kaiserslauternに成長したのは14世紀のはじめになって
からです。

●おそらく、人々の記憶の中に、バルバロッサの滞在が根強
く残っていたからでしょう。

●KaiserslauternはRheinland-Pfalz州にあり、Pfalzer
Waldという大きなの森の中に位置しています。

●Rheinland-Pfalz州の町の間、9万9000人という人口
で第五位でしかありませんでした。

1969年から2000年までの期間で、人口が10万人を
越えたことがあり、ドイツの命名法に従いGroBstadt
(大都市)という位に上がりました。

●ドイツのいわゆる大都市と日本の大都市はとても比較でき
ません。

●日本の人にはこのこじんまりとした町が大都市だったこと
が信じにくいはずです。

●Kaiserslauternのひとつの特徴はアメリカ軍の基地(ベー
ス)です。

このベースは4万8000人の兵隊でアメリカの最大外国
ベースとなります。

(因みに、この4万8000人の兵隊は上記の9万9000
人の人口に含まれていません。)

●最近、兵隊の人数が減らされてきていますが、
Kaiserslauternの経済の落ち込みを避けるためにRheinland-
Pfalz州が研究所やIT関連の会社を積極的に誘導しています。

1970年に設立された大学もあり、生き生きとした研究
開発の条件が揃っています。

●しかし、Kaiserslauternという名前をどんなものと連想す
るかと、普通のドイツ人に聞けばおそらく1. FC
Kaiserslauternサッカークラブという答えが返ってきます。

●この1. FC Kaiserslauternは1951年、1953年、
1991年と1998年で合わせて4回もドイツチャンピオ
ンというタイトルを取ったほど強いサッカークラブです。

●従って、あまり大きな町ではないけれども有名なサッカー
クラブにふさわしい国際試合にも向いている大きさのスタジ
アムも設けてあります。

●Kaiserslauternでの観光施設が、町が戦争中にほとんど
全壊したために、あまり多くはありません。

●中には、南部のHumbergturmという1900年に建てられ
た塔があり、見晴らしのよいところです。

●近くにHoheneckenとうい昔のお城の遺跡もあります。
だいぶ修復されたため印象深い遺跡となります。

●他に、Fruchthalle(果物ホール)というやや変わった建
物があります。

●この1843年から1846年までに建てられたホールは
パラッツォ・メディチをまねたものでイタリア風の元マーケ
ットホールで、現在はコンサートなどに利用されています。

●上記以外にも面白いところがいくつかありますが、詳細は
Kaiserslautern市サイト(http://www.kaiserslautern.de
で英語でもドイツ語でもご覧になれます。

日本チームが滞在しているボンってどんなとこ? By Nachan

◆今回は、日本チームが滞在しているボンという町とその
周辺を紹介します。

◆この30万人という人口しかいないこの町は1990年
までに西ドイツの首都であったということは、信じられない
という人が多いでしょう。当時、首都とされた理由は大きさ
ではなく、むしろ、場所としての便利さでした。

◆また、あまり大事な町ではないからこそ、敗北したばかり
のドイツに強いシンボルを与えなく安心できる首都と考えら
れたようです。

◆この僅かなサイズのために、Bundeshauptstadt(連邦首
都)ではなくBundesdorf(連邦村)という愛称(?)が付け
られたこともありました。

◆首都がベルリンとなった今でも、多くの政府機関や省が
ボンに残っているために、経済的に相変わらずとてもしっか
りとした町です。

◆政府うんうんという話以外には、ボンを「有名」にする
ところがいくつかあります:第一に、ボンはベートーベンの
生まれた町です。Beethoven-Hausが今でも残り、見物ができ
ます。

◆ボンで過ごしたのは子供時代だけだからこれといった足跡
を残していないためか、ともかく、このBeethoven-Hausは
ザルツブルグのMozart-Hausに比べて全く込んでいなく快適
です。

◆ベートーベンの他に、もう一人の有名な作曲家がボンに
滞在したことがあります:シューマンです。ベートーベンと
は反対に、ボンで産まれたのではなく死亡したために、
Schumann-Hausと氏の墓を見物できます。

◆他の観光名勝として数多くの博物館を挙げることができま
す。中でも特に目立つのは、ほとんど現代の美術がおいて
あるBundeskunsthalle(連邦芸術ホール)と、ドイツの歴史
を見せているHaus der Geschichteです。

◆Haus der Geschichteはところで、100%ドイツ政府が
負担しているため、入場料がかからないという嬉しい博物館
です。「歴史の家」というこの博物館はつまらないではない
かと心配するかもしれませんが、書類ばかりがおいてある
ドライな博物館ではなく、近代ドイツの様々な代表的な物
(例えば50年代のキャンピング車など)がおいてあるた
め、本当は大変面白い博物館です。

◆ドイツの「雰囲気」を知りたい方に是非おとずれて欲しい
場所です。

◆また、ボンの近くにはKoenigswinterという町があり、
西ドイツのもっとも北のほうのワイン産地であり、有名な
Drachenfels(竜の岩)がありますので、自然やRhein-
Romantikを好んでいる方も喜んでもらうはずです。