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2006年1月

2006年1月29日 (日)

世界は「統合」という方向に向かっている?

世界は好む好まないに係わらず「統合」という方向に進んで
いると思いませんか?

これは地球の一体化でそれを拒むものは排除されつつある
ような気がします。

一つには社会主義の崩壊で、アジアでは中国・北朝鮮・
ベトナムが社会(共産)主義を継続していますが、一説
には2008年のオリンピックまで中国の共産主義は崩壊
するのではないかとの説もあります。

これは限られた地球資源をどう活用するかというようなこと
も背景にあるのではと思います。

古くは1968年の「ローマクラブ」による提言に見る脱工業化
の世界観とも言えるでしょう。昔は石油はあと20年で枯渇
するとかの話がでて危機感をあおるものが多かったです。

石油に関しては新たに油田が発見されたりして埋蔵量が上方
修正されていますが、それでも100年くらいでしょうか。
(現在の石油確認埋蔵量は1兆2800億バレルで、可採年数は
 49年です。可採年数は年々増えています。)
http://oil-info.ieej.or.jp/static/oil/2-1a.html

ある意味、政治家を含め為政者は石油が使えなくなる先の
ことは何も考えていないようで、100年単位で世代間格差が
生じることは想定されていませんね。

(個人的にも石油がなくなってしまった社会は想像できま
せん。技術進歩により代替エネルギーがそれをカバーする
のかもしれませんが。)

資源環境問題に関する限り、持続可能な社会への転換が
進んでいるようで、その点では日本は環境対応では世界に
貢献できるものも多いと思います。

身近なところでは日本国内でも市町村合併はかなり進み
ましたし、今後都道府県も再編があるかもしれません。

いつの間にか日本がアメリカの第51番目の州になって
いるかもしれません。

2006年1月27日 (金)

あなたはインフレのある世界を経験したことはありますか?

私は1985年から1987年までブラジルに駐在しました。
ブラジルは気候もよく、人々も明るくいい国でしたが、
当時は通貨危機で、駐在中の2年間にクルゼーロという
通貨が2度デノミして、1/1000が2回続いて100万分
の1になりました。

インフレも年率にして1000%近くになりました。

単純に月利が12%と14%で、月利にして2%しか
違いませんが、それを年率に直すと前者は389%
後者は481%となり、約100%後者の方が多くなります。

この複利計算が分からないと、かなりの損をこうむります。
日本ではLog関数は通常は使いませんが、インフレの激しい
国では全て日歩に直して比較しないとどれがいい投資か
判断できません。

1年前に100円であったものが、月利で12%インフレが
あると、年末には389円になっている訳です。全てのものが
毎月12%づつあがってくれれば何とか対応はできますが、
半年間は値段が上がらず、いきなり2倍になったりします
ので、インフレ下に生きるのは大変です。下手をすると、
1日のうち朝100円で買えた弁当が夜には150円出さない
と買えない場合も出てきていました。

よく日本の銀行が1ヶ月は7%の外貨金利を適用するという
ことを呼び物にして外貨預金を勧誘していますが、1ヶ月は
確かに年換算で7%の金利がもらえるかもしれませんが、
その後の月は1%未満だったりすると、実際に1年預けても
年利に直すと1%程度であることもあります。

何故インフレが起こるのでしょうか?

それは当時のブラジルは国に対する信頼がなく、お金を
儲けたら闇レートでもドルに換えて持っておくということ
が一般化したためです。

普通の新聞に公定のドルレートと闇のドルレートが記載
されクルゼーロを持っている人はそのまま持っていると
インフレ分だけ減価してしまうので、インフレとなっても
減価しないドルに換えるという選択肢が生まれています。

今は世界的にデフレであって、インフレが起こる素地が
ないとの判断になっていますが、日本にインフレが絶対
起こらないかと言えば、そうとも断言できません。

今や国の借金は天文学的な数字となっており、日本に住む
日本国民より何らかの方法で徴収しない限り、到底返済
できる額ではありません。

日本人が円に対する信頼をなくした時、インフレは間違い
なく起こるでしょう。または、借金を返済できないと
考えた為政者はインフレにして借金を棒引きにするかも
しれません。

2006年1月23日 (月)

小嶋社長の証人喚問を見て

今回の耐震強度偽装問題をめぐるヒューザーの小嶋社長に
対する証人喚問で、何度も小嶋社長が証言拒否をしている
のを垣間見て日米の違いを感じましたので、ブログの題材
としました。

日本国憲法第62条では、国会の各議員は議案等の審査及び
その他国政に関する調査のため、証人を喚問しその証言を
求めることができるとなっています。

通常の裁判は見ることができず、証人喚問はTV中継も
されるので、この証人喚問が実際の刑事責任等の喚問と
勘違いされる場合もあります。

証人喚問に関する手続きは、衆議院・参議院規則で決め
られていますが、証言義務の強制手段については
議院証言法で定められています。

その議院証言法によれば、「第三条 宣誓を行う場合は、
証人に宣誓書を朗読させ、且つこれに署名捺印させるもの
とする。2 宣誓書には、良心に従つて、真実を述べ、
何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓う旨が
記載されていなければならない。」となっており、うそを
ついた場合は偽証罪で訴追されます。

また第四条で「 証人は、自己又は次に掲げる者が刑事
訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、
宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。」と
なっており、第三条の宣誓に対する例外事項の記載が
あります。

私は米国で1週間聴聞を受けたことがありますが、宣誓
では真実を言うことを誓わされ、俗に言う「都合の悪い
ことに関して、記憶にございません」は通用しません。

小嶋社長の証人喚問を見た人は「小嶋社長は見るからに
うそをついている、悪そうだ」ということが判断できる
わけですが、単に証人喚問逃れをして面の皮の厚いものが
生き残れないように、悪いものは罰せられるという社会を
築きたいものです。

このあたりのモラルや仕組みを矯正することが、
グローバル社会に向けた1つのヒントになると思います。

2006年1月18日 (水)

日本の国は大丈夫?あなたはどうしますか?

今の日本の財政を一般の家計に例えると、
次のようになります。

月給(税収)40万円の世帯で、15万円が
(国債等の)借金の返済に、生活(一般会計に
39万円、田舎(地方公共団体)への仕送りに
13万円使って、毎月の赤字は27万円増え、
ローン残高(財政赤字)は5300万円になります。

普通であれば、この世帯は生き延びられるで
しょうか?

今は金利が限りなく0に近いので、何とか
なっていますが、仮に金利が12%になれば、
毎年の借金の返済だけで53万円になります。
それだけで収入以上となってしまって
サラ金の取立てには対抗できないでしょう。

国と地方の長期債務残高は2005年末で770兆円
にもなり(上の例で言うと7700万円)、日本の
個人資産が1400兆円あるからといって大丈夫で
しょうか?

昔であれば、鎖国して日本人が外に出られなく
すれば帳尻は合いますが、グローバル社会では
人もモノもお金も容易に海外に移動できます。

このあたりを考えることが、グローバル社会を
生きる一つのヒントになります。

2006年1月11日 (水)

責任の取り方

小泉首相の郵政民営化選挙が大成功を収めたわけですが、
民営化が必ずしもいいかどうかはケースバイケースです。

多くの日本人が公務員的な責任を取らないやり方、
個人の裁量ではなく省としての組織を守るやり方、
サービスのよさが個人の努力に報われないシステム
等に皆がNOと言ったものと思います。

それでも今回の耐震偽造に係わる弔問を見ていると、
民営化した検査機関ではきちっとした検査が行えて
いなかったことがわかり、その責任を取る場合は
関係者が会社更生法適用となっても実際の責任を取って
ビルを建て直してくれたりはしてくれない(できない)
ことが明白となったわけです。

バブル時代の銀行首脳を見たら分かる通り、民営化されて
いても責任の所在はあいまいで、トップが責任を取ったり
しない状況が続いています。

JR西日本の会長・社長は2月1日に尼崎脱線事故の責任を
取って辞任することを発表していますが、遺族らのJRに
対する不信感は根強く、補償交渉はほとんど進んでいません。
退任は遅すぎ、責任を全うしていないことが明白となった
一件です。

そこらあたりの責任の取り方が日本とアメリカとの大きな
違いであると思います。

経営者は業績が悪くなれば、更迭される。民主党から共和党に
政権が変わったら、全ての人がいっせいに変わるような緊張感
ある社会であるからこそ責任が取れ、その所在が明らかになると
思います。

民営化という言葉に惑わされることなく、民営化した暁には
責任が取れる社会になっているかどうかが、グローバル社会に
対応できるかどうかの一つのヒントになるのではないかと思います。

2006年1月 8日 (日)

はじめまして

私はサラリーマン人生20年のうち16年を

海外(アメリカ、ブラジル)で過ごしました。



時系列と住んでいた場所はと言うと、

1985年4月から1987年4月までブラジルの

パラナ州ポンタグロッサで、1988年1月から

2000年5月までサンフランシスコに、

2000年6月から2002年8月までアトランタに

いました。



海外に長く住んでいると絶えず日本と海外を

比較しますので、日本に帰ってきてから

事あるたびに「XXではOOだった」という風に

言うので、「ではの神」と言われるそうです。



人生の1/3以上を海外で過ごしてきた

国際派(??)ビジネスマンの目から見て

日本の現状はどう写るのでしょうか?



いろんな事象において、ではの神がどう感じる

か、どのような経験を積んでいるかを日記形式で

書いていくことにします。



この日記が現在のグローバル社会をどのように

生きたらいいのかのヒントになれば幸甚です。